柳原です。

いつもご覧になっていただき有難うございます。

会社で言うところの新入社員研修の事を、落語界では「前座修業」と言うようです。
会社と落語界では、その世界やしきたりが全く違うため、新入社員研修と前座修行のその内容はもちろん全く違います。
しかし、その内容や結果は違ったとしても、新入社員研修の意味、前座修行の意味には非常に共通した想いがあるように思えてなりません。
船井総研の橋本氏のトップの視点 で紹介されていた、ザ・前座修業―5人の落語家が語る (生活人新書)/稲田 和浩

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を購買し、読んでみてそう感じました。
本書の中にこのようなフレーズがあります。
師匠の家を雑巾で隅々まで拭きあげるという、およそ落語の噺のネタにもならない、その修行の意味すら分からなかった時を思い返したフレーズです。
弟子が時々、「何のためにこんな事をやるんですか?」というような目をする。
そういう時は「それが修行ってぇもんなんだよ。修行なんだ。理由なんかねぇ」と言ったりする。
誰だって掃除なんかやりたかないでしょう。
「こんな事して落語が上手くなるのかよ」と誰だって腹でそう思う。
自分も当時はそう思ってましたから。
「どういうやり方したって、結果的に綺麗になればいいじゃないか」と前座のときは皆思う。
しかし、
「きれいになるなら(雑巾を)足で拭いてもおなじことだ」ということを認めたら、そういう生き方しかできなくなってしまう。
つまり、そういう噺かできないということだ。
師匠は「人間は正直でないと、いい噺はできない」といっていた。
「ずるいやつには、ずるい噺しかできない」と。
結局、修行という時には分からなくとも、ずっと後になって初めて気付く。
要領よくすませればいいってもんじゃない事を。
両手を添えて拭くその姿勢、その心が大事なんだと。
そこに修行の奥深さがある。
物事にはきちんと腰を据え、両手を添えて相対するという気持ちが大切なんだと、厄介な掃除を通して教わるんです。
そして、それが落語に出る、と。
師匠の家での家事見習いとは、結局人間見習いということ。
人としての思いやりや、心としての礼儀、物事万事への心構えなどを教えてもらうのが前座修業。
この時代に、人間としての筋を一本通すことを身に付けられるのだから、けっこうなひとときといえる。
いかがですか?
ガツンときませんでしたか?
現在、新入社員の皆さんの中で、その研修の本当意味を理解されている方はどれだけいるでしょうか。
研修が楽しいと思える方がどれほどいるでしょうか。
もし、研修の本当の意味を知っている、研修は意外と楽しいと感じている方がいらっしゃるとしたら・・・
とても残念です。
本当の本当のその研修の意味を知らないまま後年を送るかもしれないからです。
本来の研修とは、このように辛く何故?を繰り返し、結局、意味が分からないままの研修が一番だと思います。
私は新入社員時代の研修はあまり苦労した覚えはありません。
でも、後輩ができるような年齢になってから、そういう意味では、もうあの時に戻りたいとは思わないくらいの修行に近い事が数年間ありました。
それでも今にして思えば、そういう機会にめぐり合えてとても感謝しきれないほどの思いです。
ちなみに私は落語にはそれほど興味はありません。
しかし、興味の無いことでも、興味を持てるよう自分をコントロールし、購買してまで本を読むという行動に移せるようになったのも、この辛く何故?を繰り返した時代があったからだと思います。
研修もしくは修行時代にいえる事は唯一つ。
「それが修行ってぇもんなんだよ。修行なんだ。理由なんかねぇ」
です。
目の奥でグッと堪えながら、こう言って新入社員や社員を導ける先輩や上司を是非見つけてください。
その人こそ、きっと辛く何故?の修行を経験され、あなたに良い人生、良い社会人に導く良い先輩のはずですから。

今日もお読みいただき、ありがとうございました!

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