『異見会』というのをご存知でしょうか。

一説には『腹立てずの会』ともいうそうです。

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秀吉に恐れられ、知略の将と呼ばれ、しかし私利私欲を持たず謙虚さで知られる黒田如水(黒田官兵衛)の息子、筑前福岡藩の初代藩主、黒田長政が始めた政策のことです。

 

かなり昔、歴史マンガで知り、大変、感銘を受けた事を先日の『篠崎道場』に参加して思い出しました。

 

『異見会』とは、藩をより良い方向に導いていく為の藩会議(とでも言うのでしょうか)を行う前に、事前に開催したといいます。

 

この『異見会』の参加者は藩政を仕切る藩の重役から、一般の下級武士にいたるまでが参加します。

 

当時はまだ戦国時代が終焉したかしないかの不安定な時代。

さらに身分の上下関係も、今とでは考えられもしないような時代の時。

ちょっとした発言や態度如何では死をも考えなくてはならないような時代です。

 

そんな時に身分に関係なく一同に参加して会議を開くという事自体、全く斬新な施策です。

 

黒田はキリシタンでしたので、『意見会』を始める前に『身分や立場に関係なく、自分の思うことは必ず発言する。そして、周りの意見に対しては、絶対に怒ったり恨みを抱いたりしない。他言もしない。』ということを全員で一緒に神に祈ってから開催したといいます。

 

議場では、下級武士からは賃金のこと、藩政そのものへの不満、個人的に名指しでの批判、意見、提案、様々なことが発言されたようです。

 

要するに、普段は口に出して言えない事を、この場に限っては発言しても良いという場です。

 

立場や役職が違えば想いや意見が違って当たり前、だから『意見会』。

言われる立場の重役達、すなわち藩のリーダーからすれば、だから別名『腹立てずの会』というわけです。

 

言い換えれば、普段、皆が思っているホンネや、思ってもみなかった経営のヒントを聞く機会を設けたともいえるでしょう。

 

藩のリーダーやマネージャーである重役達は、この場でしか得られない『ホンネの気付き』に反省と謝罪、そして、気付きを活かした本会議に挑んだ事でしょう。

 

会議とは、意見を出し合い検討する場ではなく、まとまった意見を持ちよって整合しルール化する場だと考えれば、なんとも効率の良い会議であったかと思います。

 

ちなみに、筑前福岡藩から最も見習うべきところは、『異見会』が明治維新まで実に300年間、継続されたということに尽きるのではないでしょうか。

 

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